IPOやM&Aの場を経験した方であれば「デューデリジェンス」という言葉は聞きなれているかもしれませんが、いまだ一般的ではありません。
「ウチの会社は上場なんてしないから」
「M&Aなんて考えてないよ」
というお言葉はよく耳にします。
ただ果たして、こういった場面に遭遇しない会社では本当に労務DD(労務デューデリジェンス)とは無縁なのでしょうか?
今回はIPOやM&Aの現場で求められる「労務DD(労務デューデリジェンス)」 に関しましてご説明いたします。
「労務DD(労務デューデリジェンス)」という言葉は、そもそも「労務」という枕詞ではなく、「財務」、「税務」、「法務」、「ビジネス」などといった分野が主流でした。
こういった分野において、第三者の専門家の目によって、
各分野において正しい環境が整っているか?
正しく手順通りに処理がなされているか?
コンプラは遵守されているか?
・・ということを監査・報告することを「デューデリジェンス」と呼んでいます。
上場準備会社やM&Aをする会社は、その財務状況や法務状況を客観的に調査し、広く公にする必要があるからです。
確かにこれらの分野は、その会社の財政状況や処理方法、法的リスクはないかなどを知る意味でとても重要な要素です。わかりやすい例として、仮に粉飾決算が行われている会社の決算書の良い数字だけを鵜呑みにしてM&Aにて譲受したとします。契約締結後、譲受会社で管理し始めたところ、粉飾が見つかり、実は決算書の数字に見合う生産能力はなかった・・というようなことが起きないように事前に第三者の手によって監査を行う・・これがデユーデリジェンスです。
今までは主に「財務」、「法務」などがクローズアップされてきましたが、近年では「労務DD(労務デューデリジェンス)」がこれらに加わり、その重要性が高まっています。
その理由として一番わかりやすく挙げられるのは未払い残業代です。
例えば50人の会社で一人当たり200万円の未払い残業代があったとしたらどうでしょうか?
一人あたり200万円 × 50人= 1億円
⇒つまり、1億円のリスクが内包されているということと同意なのです。
こういった話を例に挙げますと「うちは一人200万円も未払残業なんてないよ」とおっしゃる方も多くいらっしゃいます。もちろんしっかりと管理されていれば、未払い残業そのものもないという会社は存在します。
しかし、悪気や認識はなくとも以下のようなことで未払い残業が発生しうる状態が存在することは多くあります。
☑ 時間管理をする際、端数を切捨てしている時間があった
☑ 客観的な時間管理ができておらず、既存の管理方法が否認されてしまった
☑ 管理監督者を否認されてしまった
☑ 裁量労働制が否認されてしまった
☑ 就業規則・雇用契約書が杜撰で固定残業代が否認されてしまった・・etc
これらの事例は実際に今まで弊社で監査をさせて頂いた際に発覚したことも多くありますし、近年の裁判でもよく取り沙汰される事案です。
また、こういった未払い賃金などの賃金請求権というものは現時点でも過去3年にわたって請求できる権利が労働者側にあります(賃金請求権)。 今後はこの賃金制請求権の年数をさらに5年に伸ばすということが決まっています(2024.4時点)。
どうでしょうか?そうなると、前述の一人200万という未払い残業代は ありえない金額でしょうか?
このような状態が発覚した場合、こういった概算の未払い額のことを「簿外債務」と呼びます。
いざ訴えなどが起こった場合は、先ほどの例でしたら1億円の債務が急に発生することになります。 当然、金銭面でも多大な被害をこうむりますが、風評被害も甚大です。 ましては上場後でしたら株価にも大きく影響し、訴訟リスクまで生じます。
こういった簿外債務は、未払い残業代だけではなく、労務の場面では多く発生します。例えば各種ハラスメントの問題や過重労働、健康管理(安全配慮)の問題、規則や規程とその運用の問題など、様々多岐にわたります。
その為、近年ではIPOの場面では「労務DD(労務デューデリジェンス)」は必須事項として審査時に求められることになります。
これはM&Aの場でも同じで、仮に会社を売却したいと思っていたとしても「簿外債務」が大きい会社は、その企業価値自体を下げてしまっている状態とみなされるわけです。
冒頭の話しに戻りますが、これは必ずしもIPO審査時、M&Aの場面に限った問題ではありません。
未払い残業代からはじまり、労務トラブルは上場に関係なく訴えられるリスクは常にあり、小規模の会社であってもこれらの問題を放っておくとこの「簿外債務」のリスクを抱え続けることになります。
このことは、労務面で問題のある会社にとっては以下のようなデメリットやリスクを抱えることになります。
☑ 採用活動がうまくいかない
☑ 入社しても人が定着しない(安心感を与えられない)
☑ 常に簿外債務を内包しており、膨大な金銭的リスクが生じ続けている
☑ 会社が法定義務を果たしていないので、労使トラブルが絶えない・・etc
本来であれば社長や担当者が創業当初からこれらの問題をケアし、きちんと整備をしていければよいのですが、労務面に関しては生産性には無関係だ・・などというような理由で後手に回されがちです。ただ、ここまでお話したとおり、「簿外債務」や内包的なリスクで考えた時には、数年分の利益をふっとばしてしまうほどの金銭的なインパクトも大きいですし、人材確保の観点から考えてもデメリットしかありません。
その為IPOなどに関係なく「労務DD(労務デューデリジェンス)」を実施し、改善措置をとっていくということは、中小企業であれ、今後のご時世下においては非常に価値の高いことと言えます。
証券会社などの外部に言われるまでもなく、自主的に「労務DD(労務デューデリジェンス)」を実施し、改善すべき箇所を改善するような行為は、既存の労働者にとっても会社への信頼感・帰属意識を高めることにもなりますし、求職者に対して、こういった社内の施策をPRすることで「ホワイト企業」であることも全面に打ちだすことができて、採用活動にもプラスに作用します(離職率の低下にも寄与します)。
ただ、「労務DD(労務デューデリジェンス)」はかなり細かいところも含めて監査を実施しますので、IPOというインセンティブがない場合、「本気で変えたい」という強い意志が必要です。それくらい細部にわたって確認を実施しますし、変えるエネルギーも要します。その代わり、無事に改善措置後には、後ろめたいことのない、クリーンな労働環境であることを社内外に高らかと宣言できるのです。
長くなってしまいましたが、こういった理由からも、大小・場面に関わらず、様々な会社にとって「労務DD(労務デューデリジェンス)」の実施は強くお勧めできるコンテンツです。